ご意見番物申す

中垣 光市DC



江戸時代のヤブ医者と闇将軍たち(121号掲載)

江戸時代に医師を規制する法はほとんど無かったので、その気さえあれば誰でも医者になれた。徒弟奉公か私塾を通じて、見様見真似で多少なりの知識と技能を身に付けたと主張する者たちが医者を名乗れた。医学教育を提供した教育機関の存在も定かでなく、落語ネタになるほどの危険なヤブ医者だらけだった。現代の日本でカイロプラクティックを「高い、効かない、危ない」と国民が評価するのに酷似する状態だった。行政側がカイロプラクティック業界に安全性の改善を要望しているのが大きな違いだ。

無資格療法の「ズンズン運動」で死亡被害者が複数出た事件に端を発して、行政の助言で進んでいるカイロプラクティック制度化推進(準備)会議の管理下に徒手療法師の資格認証が行われる。受療者国民の安心と安全を尊重する国内業界団体の賛同を得て、カイロプラクティック法制化に向けて変革の時代を迎えようとしている。

もしも「ズンズン運動」は「ベビーマッサージ」だったから徒手療法師なんてのは的外れと思うなら、調べてみるとよい。「ズンズン運動」の裏には某カイロプラクティック団体の関わりがあったこと、そして裁判では「ベビー整体」として処理されたことが分かる。司法と行政の深慮に改めて頭が下がる。

徒手療法師の資格を制度化する目的は、先ず、カイロプラクティックを日本語で表現して国民の間に誤解が無いように分かり易くすることだ。次に、「玉石混交」をうたい文句にしているのではなく、学閥や所属に関わらず、業界を代表して国民と接するにふさわしい知識と技能と人格を有する施術者たちを受療者側が明白に識別できるような補完医療業界にすることだ。

「ズンズン運動」等に関わっていた個人や関係団体がこの機会に法制化に賛同する確率はゼロに等しい。同様に未法制の無法状態で利益を貪る闇将軍様たちが制度化に賛同することも期待しない。

しかし、少なくとも真面目に基礎医学教育を受けて知識と技能の研鑽に真摯に励む人たちならば、受療者国民の安心と安全のために自らの知識と技能が評価されるのを恐れる必要は無く、知識と技能の健全性が証明される機会を活用して、堂々と公正公平な認証を欲するはずだ。

過去3年に渡る経緯は国内の業界団体が既に知る事実だから、資格制度化に賛同するかの最終判断はそれぞれが自由に決めればよいが、いま参加協力すれば負担が軽くなる。後で悔いる可能性が有るかもしれないと思うなら、速やかに参加するべきだ。資格制度の動きが本格的に定着する時点で賛同参加していない団体や個人は、マトモでない施術者たちか悪徳商法に関わる輩たちと国民目線から見なされる可能性が生じ得る。

制度化背景を邪推して、未だ参加を決められない人たちと団体が少なからずいる。自分たちの生業に関わるだろうに彼等は、制度化推進(準備)会議事務局に問い合わせるわけでもない。疑問や問題があるなら意思表示すれば、業界として行政の助言に沿って公正公平な対処が可能だ。無言と無視を決め込んだところで、受療者国民の安心と安全のために、無作為の代償は業界人なら遅かれ早かれ支払うのが当然だろう。

無言と無視に関して付け加えるとすれば、四半世紀前に三浦レポートや医事課長通達が出された頃、DC連絡協議会(DCLC)のDCたちが業界のレベル向上を意図して、既存業者の底上げ教育活動に組織的に携わった結果、一定の受講内容を満たしてDCLCAと呼ばれるアシスタントの資格を与えられた人たちが相当数いた。この人たちも早く申し出るべきだ。

制度化推進(準備)会議としては、徒手療法師の資格認証に関して、これまでは会員向けの対応を主に行ってきたが、今後は、業界全体に向けての説明会を行う用意がある。説明会以外にも個別説明にも対応できるので、説明を求める団体やグループは、運営事務局へ問い合わせをしていただきたい。特にDC諸兄には正しい理解を求めたい。

未だ迷えるDCがいるなら、本場で本格的な教育を受けたリーダーとしての自覚を思い起こし、国民の安心と安全のための制度化に協力して頂きたい。本来なら、家族親戚が誇りに思う施術家として、地域住民が信頼する補完医療業界をDCたちが率先して築いて当然だ。


令和の新しいスタート(120号掲載)

法治国家日本でカイロプラクティックが未法制の状態は、太平洋戦争敗戦後七十五年に至るが、法制化を目指した大きな動きは過去に二度あった。三十年程前、千載一遇のチャンスと言われた大島財団構想は、一部参加者たちのマスカレード戦術と業者間の足の引っ張り合いで頓挫した。誇大妄想の海外組織の介入が国内DC達の連携も破壊し、結果は失われた三十年ならぬ逆行の三十年だった。

日本のカイロプラクティック業界におけるこの惨事を引き起こした無頼漢は、安泰の生活を保証された地位にいる。ジョン・スウェイニー元会長が遂に事実関係を理解して、世界連合に真実を伝えようとしたが、その意をこの世で果たせなかった。この紙面をお借りして哀悼の意を表させて頂く。

現在の日本代表団体がその設立マニフェストに法制化を掲げたのが、同じく三十年程前だが、世界連合にすれば、極東の小さな島国で過去に何が起きたとか何が真実であるかなどより、所詮は自己の地位と名誉のほうが大切なのではなかろうか。連中が言う法制化を達成できる確率はかなり低い印象だ。

近年の法制化運動としての大島財団構想に参加したDC連絡協議会(DCLC)の代表は「DCには出来ない」という謙虚な態度だった。「DC主導」を主張して登場した後任代表は、日本カイロプラクティック評議会(CCJ)をニュージーランド世界大会の弾劾裁判で弁護するために、国内DCの団結を証明する血判状の重要性も理解できていなかった。CCJの後任チェアマンに至っては、世界連合会籍が懸かった弾劾裁判に弁明のスピーチすら準備せず全くの他人事だった。

「DC主導」の錦の御旗に集った人たちが「DC主導」財団を行政に折衝した形跡はない。省庁改編を理由に行政が財団設立を中止した後も、法制化運動に努力してきた人たちに労いの気持ちも表さず、「DCでもない者に会う必要など無い」と言って、ロビー活動経験者に接することを拒み、「DC主導」の御題目は結構だが、「主導」は響き渡らず三十年過ぎた。

「仲良し会」メンタリティーでは、米国資格のDC学位が認められぬ心の傷の舐め合いでなかろうか。まして各団体が纏まり業界団体が纏まることが最大の命題とされているのに、学閥主義を素面で吹聴できるDCたちは、帰国DCが生き神様扱いされた時代も、業者目線で権威と権利を要求する時代も過ぎ去ったことを知るべきだ。

現時点の国内法でカイロプラクターは、DCだろうと週末セミナー履修者だろうと無資格の事実は変わらず、全員一律に最低線で見られる。カイロプラクティックといえば一般国民は「ズンズン運動」みたいなものと思うのだから、必要なのはDCの学歴や学閥とかでなく安心で安全なカイロプラクターだ。

国内法といったからとて国が悪いのではない。行政に協力せぬ業界人が悪い。未法制では最低限の安全性確保が難しく、補完医療として国民の認知を得ることが難しい悪循環の中に悪徳業者がはびこり、まともなことをしている者がバカをみる。この事実に知らぬ存ぜぬを通す方がもっと悪い。無資格者養成教育に投資をしない時代になり、カイロプラクティックの「学校」が軒並み開店休業状態と言われる。補完医療の一業界として保全管理が機能していないのだ。

業界内の最高学歴保持者としてDCたちが私を含めて同じ過ちを繰り返していては業界に改善も進歩もない。混沌とした状況でDCたちが群雄割拠を続けても業界の未来は暗い。我々の業界の強みは多様性と結束する力にある。全てのDCの結集が求められている。

「ズンズン運動」に某カイロプラクティック団体の人物が関わり、死亡犠牲者が複数出たことに端を発して設立された制度化推進(準備)会議が、受療者国民の安心と安全に重きを置く新しい法制化運動を担っている。必要と感じることを許される範囲で伝えてきたが、新たにお伝えすべきこととして、行政の助言で進んでいる制度化推進(準備)会議の管理下に徒手療法師の資格認証を行う運びとなった。

早期に申し込み完了する団体は受験申し込み料が免除される。以前から読者諸氏には御自らと友人知人たちがまともなカイロプラクティックの組織に属し、業界団体として纏まることを勧めてきたから、素直に対応してくださった方たちには嬉しい知らせだろう。制度化推進(準備)会議に直接参加して確かめたい人たちには団体会員と個人会員の枠が設けられている。会議運営に必要な会費等の詳細は事務局にお尋ね頂きたい。


当たり前のことが当たり前に(119号掲載)

カイロプラクティックの危険性を1989年頃から1年半ぐらいかけて、厚生省(現厚労省)が科学技術研究費を使用し、当時の東京医科大学・三浦幸雄教授を中心とした7名の整形外科医に委託され、調査研究がおこなわれた「脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究」(以下、三浦レポート)が報告した四半世紀後、消費者庁報告書(消安全第187号)も危険性に警鐘を鳴らした結果、業界として25年間で何も改善できなかったことがあからさまになった印象だが、何がいかに改善されてきたのだろう?国内でカイロプラクティックを標榜する人たちは、何を考え、何処に意見を伝えているのだろう?また、世界カイロプラクティック連合(以下、WFC)か政治家か、あるいはどの省庁府の指導に従う考えなのだろうか?

自己責任の下に自由は保障されているので、各自が信じたいことを信じて良いが、その各自が信じていることがどの程度真実なのだろう。例として視覚に存在する盲点の部分に視覚情報はないが、脳は盲点を補う情報をも勝手に創り出して、見ていると信じる外界を見せている。

また、フェイクニュースではなくとも、情報として伝えられることや聞かされることも、都合の良い写真や話術や演出に惑わされている者が少なくないような印象だが、あやふやな薔薇色の無法状態が法治国家で永遠に続く可能性は低い。

自由主義を掲げた官僚社会主義国家と言われる日本の行政側はいかに考えるだろうか?何やらカイロプラクティックという理解に困る民間療法が、効くこともあるらしいけど、骨折、脱臼、脊髄損傷まで起こすほど危険で被害者多数と消費者庁が統計的に証明している現状では、国民を重篤な被害から守る簡単明瞭な方法はカイロプラクティックの禁止だと考えて当然だが、未だ禁止に至っていない理由は、最高裁判例がある中で行政側が熟慮を重ねているからだと思う。

しかし、規制は始まっている。過当競争に押され、収益増加の為にカイロプラクティックに参入してくる有資格者たちが多い訳だが、有資格者たちは既存の法で管理されるので、業務範疇の再確認で自主規制を迫られているようだ。有資格者が起こすカイロプラクティックの事故数が無資格者による事故数より多いことを大手新聞が記事に報じたから尚更だろう。基礎医学教育が同じとしても、週末セミナー数回で専門課程を終えて世界基準の安全性を担保する知識と技能を身に付けられると考えるのは思い上がりだ。「ワンコインカイロ」の看板で保険制度を乱用するような違法業者は排除されると良い。

三浦レポートと平成3年医事課長通達が出された当時、国内のDC達は既存業者の教育レベルを底上げしようと協力した。受講資格を審査し、「カイロプラクティック総覧」を共通テキストにした組織努力を「ド素人にカイロプラクティックを教えている」と誤報を捏造し世界中に流布し、崩壊させた輩たちがいた。

以来、四半世紀もの歳月をかけて彼等が努力を重ねたのであろう結果、消費者庁報告書もカイロプラクティックの危険性を指摘するに至ったのだから、代表団体としての目的と手段は、関与する政治家と一部官僚と世界連合を除けば、業界と国民の評価に耐えるか疑問だ。法制化を掲げていたマニフェストは備忘録だったみたいな印象だが、煽り立てて内容証明を招くつもりは毛頭ない。

国内カイロプラクティック業界にとっての社会的責務は、可及的速やかに受療者国民を守る環境を整備することに他ならず、法制化が強く望まれる。法制化に関しては、太平洋戦争敗戦直後の連合国軍と日本でもあるまい。世界保健機関の下部組織であれ、各国民間団体の寄り合いに過ぎぬWFCが、独立国家日本の主権を超越してカイロプラクティック法制化を達成できるわけがない。法制化を遂げた国々のリストをWFCが掲げてはいるが、すべての法制化は各国の業界がロビーイングした努力の成果だ。

戦前の法制化運動では、大正5年に帰国したパーマースクール卒業生の河口三郎DCの働きかけで、官撰の神奈川県知事を勤めた有吉忠一氏の下に「神奈川県令(大正7年度)脊椎骨調整術(カイロプラクティック)営業取締規則」が日本初のカイロプラクティック規制として施行され、同様の規則が全国的に広まり、GHQ統制まで続いた。

戦後の法制化運動には、大物政治家と称される小坂善太郎氏と小泉純一郎氏の名前が出た。小泉氏はカイロプラクティックではなく鍼の治療を受けていたと言われている。 

戦後75年の節目を目前に、カイロプラクティック法制化を達成した政治家は未だいない。指導省庁に関して行政側は、業界の選択に備えている。医業類似行為は厚労省管轄で、リラクゼーション業は経産省の管轄だ。

各事業者も各団体もカイロプラクティックを標榜するのならば、補完医療として医業類似行為に属するのか、単にリラクゼーション業扱いに甘んじるのか、二者択一の決定をするべきときが近づきつつある。


心斎橋の異邦人達(118号掲載)

大阪の心斎橋筋では、近接地域の再活性化で若者達の姿に入れ替わり、近年はインバウンドと呼ばれる外国人旅行客たちで溢れかえるようになって、特に近隣諸国の経済力の高まりを感じさせられる。

同じようなアジア系でも、行動パターンに違いが見られる。儒教文化の影響下に育ったらしい青年たちの礼儀正しさは好印象を受けるが、全く対照的に、団体で爆買い用に大きな旅行ケースをガラガラと牽いて歩き、通行人の流れに逆行して平気で進んでくるのはおおよそ間違いなく「富裕層」なのに呆れる。地元経済とオモテナシのために我慢している。

この類のアジア系インバウンドたちが、日本国内のカイロプラクティック業界のイメージに似通って見えるのは、小生の偏狭か錯覚であろうか。社会が自分たちを認めることを要求するのに、社会への気遣いに乏しく、法整備への協力も他人事のよう。「アメリカでも何処でも行って(カイロプラクティックを)やってくれ!」と言った官僚の気持ちがわかる気もする。

さて、輸出立国から観光立国への舵取りで、観光が資源として捉えられているのだが、サステイナビリティーはどのような具合だろう。インバウンドは増加傾向らしいが、母国の経済も対日政策もいつどうなるかわからないから、観光産業の資源は不安定だと言っている間に本国の税法改正で、「神薬」を爆買いする旅行ケースのキャラバンは減った印象だ。

世界の一流企業や業界は資源と市場のサステイナビリティーとガバナンスを真剣に考えている。国内カイロプラクティック業界の人材は資源なのだろうか?学位や資格を偽る者なら詐欺師だし、カイロプラクティックの名の下に無効な施術を行う者も同じグループの化合物だ。教育と技能のレベルを超えて無謀な施術で重篤な事故を起こす者は危険因子だし、事故を統計の範囲だとか屁理屈を並べて済ます似非インテリは、業界の偽善者であっても資源とは言い難い。劣悪なカイロプラクターを濫造する業者たちは業界の負債だ。

少しはマトモなカイロプラクティック教育を提供する学校も下等教育を商いにする業者も国民の目には同じに映る。それら全て、「学校」を名乗る個人会社に過ぎず、日本の文部科学省や都道府県が認可する学校ではない。教育プログラムの海外認証を受けたとか受けるとか言うところも一部にあるが、この辺りは何か一言でも気に入らないと内容証明を送り付けてくることで知られる筋もあるので、触らぬ神に祟りなしだ。また、有資格者養成校でカイロプラクティック教育を宣伝しているらしくて紛らわしいところもあるが、社会的脅迫を招く必要はないから言及を避ける。大同小異で皆が仲良く纏まれば良いのだ。

国内法は無認可の「学校」による無認証の専門職育成課程を許容しているのだが、未法制の分野では業界主導が求められてきた。少しはマトモなカイロプラクティック教育を提供する者達が纏まって学校協会を設立した史実は有るが、協調活動は功を奏することもなく、教育のレベル向上を図る努力など無に等しかったのか、結局、それぞれの利益追求に傾いたことになる。

マトモなはずのグループが「学校」や「教育」を口にする「商売」だったのなら、それらを模範にしてもマトモ以下の業者たちにマトモな教育が出来るはずもなく、危険な自称カイロプラクターが増えても、事故発生率が減らないのは当然だ。カイロプラクティックの評判が「高い、効かない、危ない」では、国民の認知を得られない社会環境だ。

学校法人ではない個人企業が「学校」を装っても、国家が認める資格を出せないので、若者達が食べていける資格を得ようとする近年の教育市場で孤立衰退は自業自得であり、業界の「学校」に「廃校」の噂があちこちで囁かれている。新規入学者が無くなり、教育レベルの如何に関わらず次世代を担うマトモな者たちが居なくなれば、業界が実質的に自然消滅する。あるいは、カイロプラクティックが柔整師や鍼灸師のテクニックで終わるのか。この現状を業界団体のリーダーたちはどう考えているのだろう。

末筆ではございますが、国内業界の健全な発展に深い関心を示してくれたDrジョン・スウェイニーの逝去に心からお悔やみを申し上げます。


戦後処理の不公正(117号掲載)

戦後処理の不公正は北方領土問題だけに限らない。沖縄の問題はどうなのだろうか?今は基地移転問題で政府と沖縄県民がおしあいへしあいして、実にギクシャクしているように見える。沖縄県民の考えは纏まっているのか定かではないし、沖縄県民の考えを日本国民の代表たちが理解しているかは、議員たちと国会の責任かと思う一方で、メディアは積極的に正確な情報を発信しているのかが定かでもない。知人の米軍関係者や家族と話す機会があり、あれこれ哀しい事件が起こったことを知る年長者は、沖縄県民の気持ちを理解する傾向だが、若年層は沖縄が非協力的と受け取っている様子だった。共通の脅威に関してお互いの理解と協力が必要なのに、どれくらい問題を引きずるのか、先が思いやられる。この様子を見てカイロプラクティック業界を連想するのは、筆者の妄想だけでもないだろう。

制度化推進準備会議は8回目の会合を迎え、オブザーバー参加の諸団体から熱心にフィードバックが出されて、新たな追加を含めた業界統一用語定義がまとめ上げられた。これは重要なステップだと思う。また、禁忌症に関してMaigne、MaitlandやHaldemanを参照にした資料が提出されて、「医学的な内容に関して医師の同意を得る」ことが勧められたのは興味深い。平成3年、厚生省医事課長通達を超える項目数の禁忌症状を自主的に挙げることが好ましくないでもないらしい。行政側が気配りしてくれているのだ。

用語定義の一部で、問診、聴診、打診、触診を「古典的四大理学検査」という表現では「なんぼほど古くさいことをやっているのかと思われるのが嫌やから、『古典的』を原理的に替えて欲しい」旨の依頼が事務局に届き、参加者達の諮問にかけられた結果、オブザーバー団体からも疑問が示されたようだ。

「なんぼほど古くさいこと」と言われても、カイロプラクティック自体が百年以上の歴史を持つ上に、マニピュレーションの歴史は背骨と同じくらい古いと始祖パーマーが記している。正統医学は古代ギリシャ以来二千年の歴史で、外科手術用具の原型はローマ時代に完成している。薬学は古代エジプト以来五千年の歴史だ。医師たちや薬剤師たちは一般市民から「なんぼほど古くさいことをやっているのか」と思われているのだろうか?カイロプラクターならば、誰かに古くさいと思われるかなど心配するより、カイロプラクティックは「高い、危ない、効かない」と国民に思われていることを憂慮すべきだろう。

あえてもっと言うなら、定義の文言修正などは後ほどでも可能だから、今は法制化の骨子を準備するのに必要と考える事案を、自発的に提案することのほうが望ましいのではなかろうか。

今後の法制化準備会議の進捗は、厚労省担当部署の指導と推進会議事務局の対応に委ねられるのはこれまで通りなのだが、遅かれ早かれ法制化のための業界整備が課題として語られざるを得ないと推測する。

カイロプラクティックを標榜する国内業者の知識技能レベルは、医業類似行為レベルから慰安行為レベルまでの幅があり、業者数は、最少限でおおよそ二万人の存在が推測されると言われている。全国コンビニエンスストアの店舗数を追う勢いの、柔道整復師が営む整骨院の数には及ばないけれども、按摩マッサージ指圧の施術所数にほぼ等しい数の無資格者が放置されている。

ところが、近年の規制緩和によって市場を飽和した有資格者たちの中には、差別化を求めてカイロプラクティックを、週末セミナーを生業に取り込む者たちが少なくない様子であり、国家資格さえ取れば食べていくのに困らない訳でもないらしい。業界人口分布の複雑さに奥行きを加えている。有資格者と言っても他業種の2500時間専門教育を受けた人たちが、適確に構成された教育課程を経ず、適当に週末セミナーでテクニックの切り売りを蒐集しても、世界基準が許容する教育レベルとは時間数の差が残る。

法制化を好むか好まぬかは、業者個々人と各団体の自由なのだが、長年の未法制の結果が現状であり、カイロプラクティックの施術で骨折、脱臼から脊髄損傷まで起きていることが明らかなのだ。有資格者が悪いと言っているのではない。知識技能レベルの低い者が事故を起こしやすい。

安全性の課題も技能レベル向上の必要性も過去から言われている。ゆえに平成3年医事課長通達が出たし、三浦レポートも出されたのだ。然し、大した改善も無いままで30年近くが過ぎた。これこそが既に「古くさいこと」の感じになりつつあるにも関わらず、業界として対処を終えていないのだ。


禁止規制の恐れ(116号掲載)

カイロプラクティックは、世界的に補完医療と認知され、先進諸国では法制化されているが、日本では医業類似行為か慰安行為か何なのか不明瞭なままで容認されている。勿論、職業として省庁府の職業分類に挙げられているが、税務処理上の便宜程度に過ぎない。

憲法第22条は、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」と記されていて、職業選択の自由を保障しているが、営業権は保障していない。気に入らぬなら、「アメリカでも何処でも行って(カイロプラクティックを)やってくれ!」と云う訳だ。

GHQ占領政策が西洋医学以外を禁止した際、戦前の法的地位取得を願う鍼灸師の活動に按摩師と柔整師が合流し、医業類似行為の枠が決まったのだ。昭和22年(1947)制定のあはき法は、「何人も第1条に揚げるもの(あまし、はり、きゅう、柔道整復)を除くほか、医業類似行為をしてはならない」(第12条)とした。公布時に医業類似行為を3カ月以上業としていた者は都道府県知事に届け出て当該医業類似行為を業とすることができる(第19条)と規定し、届け出資格は公布時(1947年)に当該医業類似行為を行っていた者に限られた。

後藤博氏は、療術の講習を受け、福島県であん摩師、はり師、きゅう師、柔道整復師のいずれの資格も持たず、療術既存業者として届出もせずに電気療法(HS式無熱高周波療法)を業としたことで「あん摩師、はり師、きゅう師及び柔道整復師法」が禁じる無資格医業類似行為を行ったと判断され、昭和28年(1953)に福島県平簡易裁判所から罰金刑の判決を受けた。

「自分の施した療法は、いささかも人体に危害を与えず、保健衛生上にも何らの悪影響を及ぼさず、しかも相当の治療効果を上げ得るものであるから、これを業とすることは少しも公共の福祉に反するものでなく、憲法第22条の保障する職業選択の自由の範囲内に留まるものである」と後藤氏は仙台高等裁判所へ控訴した。

仙台高裁は、人体への危害の可能性、正当な医療を受ける概念への影響、疾病の治療を遅延する恐れなどから、正当な医療の普及徹底と公共の保健衛生の改善向上のため望ましくないと判断し、「職業の自由は公共の福祉に反しない範囲においてのみ認められる」と結論して、控訴を棄却した。

「自分の施した療法は、何ら危険はなくかつ有効無害であり公共の福祉に貢献しているのであるから、かかる職業に対し、あはき法を適用して処罰するのであれば、同法は憲法第22条に違反する無効なものであり、自分の行為は罪とはならないものである」として後藤氏は最高裁へ上告した。

最高裁は、「医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす恐れのある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない」が、禁止処罰自体は「公共の福祉上必要であるから(あはき法)第12条、第14条は憲法第22条に反するものではない」として原判決を破棄、仙台高裁へ差し戻した。

この昭和35年(1960)最高裁判決が「有害の恐れのない医業類似行為は禁止、処罰の対象にはならない」という新しい基準となり、覆されることなく今に至り、法的地位も保障されぬままのカイロプラクティックが営業権を容認される法的な根拠とされてきた。

あはき法は、昭和39年(1964)改正で医業類似行為の届出に関する規定と有効期限が記された第19条は削除された。また、手技療法資格は、あん摩師のみからあん摩マッサージ指圧師(あまし)に広げられ、届出者は職業として無期限の営業が可能になった。手技療法は、あまし以外で開業することがあはき法第12条で禁止されている。

一方、平成2年の三浦レポート以来、平成29年の消費者庁ニュースリリースがカイロプラクティックの危険性に再度の警鐘を鳴らし、有害の恐れが明らかにされているから、最高裁判例に照らし合わせて、禁止、処罰の対象になるか、あるいは何らかの規制が出されても不思議でない事態だ。

ちなみに、後藤氏の場合、仙台高裁での差し戻し裁判で、昭和38年(1963)7月有罪となり、再度の上告は棄却されて敗訴が確定した。無資格無届出の後藤氏に組織の後ろ盾はなく、自分の信念だけを支えにただ一人で立ち向かった12年間に及ぶ裁判闘争だった。誰しも後藤氏の立場に身を置けば、業界が纏まることを行政側から勧める意味は理解可能な筈。末筆ながら、科学新聞社様の関連記事を参考にさせていただき、ここに謝意を表す。


無言の行の効能(115号掲載)

日本人はどんな人達かと問うと「親切で、優しく、真面目」というのが世界的評価であることは、明治新政府を牽引した官僚達が優秀であった証と言われる。彼等は命令染みたことを言わず、替わりに「日本人は親切で、優しく、真面目な国民だ」と民衆に言いふらしたのだ。協調性の高さも日本人の国民性として挙げられる。義務に応じることを何故と尋ねると、「皆がそうしているから」と答えが返ってくる。

日本人DCはどんな人達か問われたら、どう答えると良いだろうか。留学し、米国社会で生活したのだから、日本人の美徳の上に米国社会の良いところを身に付けた人達と一般に期待されるだろうけれど、米国の大学で学位取得まで果たす知性のある人達が、仮に日本人のダメなところにアメリカ社会のダメなところを足し合わせた程度ならば、カイロプラクティックの安全性や法制化にも無関心かもしれない。

カイロプラクティック制度化推進準備会議が二年継続して開催されて、開催地東京在住のDC達は初回に三人出てきた。他府県からは二回ほどセミナーのついでとかで出てきたDC数人がいた。他には同窓会や友人グループのまとまりがあるとは聞くが、交代で代表者を参加させる様子もない。

継続して参加しているDCが約3名では、現役DCの国内人口を100人とすると、統計学的に意味がある値にすら達しない。先進国並みの法制化を成就し、国民に認知される安全なカイロプラクティック業界にしようとする専門性、社会性、協調性などを日本人DC達が持ち合わせるのか疑われる数字だ。

関係省庁代表が「DCの方達はカイロプラクティックの法制化に興味無いのですね!」とおっしゃるのも当然で、省庁と関わりの深い関係者が「DCさん達は気位ばかりが高い」と溢す。世界基準の高度教育を受けたDC達が、国内業界の現状を理解する力に乏しく、法制化の理解も低いと思われているのだ。

制度化推進準備会議事務局長の努力で、DC達が関わっている2団体のそれぞれ事務長の方達がオブザーバーとして参加し始めたが、それら団体のDC達も関係省庁代表者達への挨拶だけでもお越しになると好ましかろう。他のDC達が関わる組織も、風向きを感じるだけでも参加してみるべきだ。

法制化に関して、僭越な表現に聞こえたらお許し願うが、DC諸氏には物事の道理と社会的責任を真剣に考える時期が既に来ている。法制化の全てを他人任せで良いのだろうか。制度化推進準備会議に省庁代表者達が立ち会っていることは周知の事実であり、これらの省庁代表者達は、制度化が確定した段階で関係法規の策定に携わる立場の方達だ。そして彼等は社団や財団を作れと言うでもなく、法制化に向けて業界としての課題を整理することを促している。行政側は好意的だが、関係省庁で人事が変わると、トップダウンで理解も協力も突然に変わり得る。DC諸氏が法制化を望むのならば、行政側が好意的な内に協力するほうが賢明だ。

仮に制度化推進準備会議が中止に至れば、今回の法制化運動は終わり、次に法制化の機運が起こるとすれば、経験則から演繹的に二十年後と推測する。ちなみに、以前の法制化運動に深く関わった某DCの有名な言葉を借りると、「日本人DCには無理」だろ。

カイロプラクティックを標榜する者全員をリラクゼーション業に組み入れる準備は既にあることも周知であり、消費者庁が危険性を報告したカイロプラクティックを、海外の学歴や資格など関係なく公平に、補完医療の枠から外すほうが国民の安全の為に即効的と考えられる可能性がある。

政治家絡みやWFC頼りで独自に法制化する方法論が主張されたことは、手段の妥当性を別にして、法制化賛成を意味する。法制化反対の声は過去2年間も聞こえてこない一方で、DC達の総意は異なる宗派の百体の仏像の唇を読んで御尊意を忖度するに等しい現状だ。「言うべきときに言うべきことを言う」のが難しいなら、「会議の為の会議」を各団体で行うと良い。制度化推進準備会議が会議の為の会議であり、制度化推進会議に昇格すれば、法制化の枠組が会議運営に尽力してきた団体を中心に決められるのは当然の流れになるけれど、無言のDC諸氏は異存ないのだろうか。


東洋の不思議(114号掲載)

昨今のマスコミを賑わせたのが某大学アメフト部員の傷害事故に関する一連の報道だ。スポーツマンらしい正義感と人間らしい思いやりの欠如からだろうか、立場をわきまえず全て他人事の様な態度を続けていた指導者達が、社会の批判と勧善懲悪の制裁を受けた。カイロプラクティックをアメフトに置き換えてみると如何だろうか?比喩というものは論理学的に必ずしも常に完全ではないが、業界人なら考えてみる内容はある。

傷害事故は、旧厚生省平成3年通達にも関わらず、骨折、脱臼、果ては脊髄損傷等の重篤な事故が多発している事実に基づいて危険性が指摘され、安全性改善要請(消安全第187号)が消費者庁から出されている。被害者の申請に基づくデータは消費者庁で管理していて、加害者たる施術者の氏名、資格、所属団体も公表されていない。

危険な施術で身体的、精神的、及び経済的な被害を受けた患者さん達は勿論だけれども、間違った理論や危険なテクニックを授業料を払って教えられた者達も被害者であるとも言える。真の加害者は、危険な自称カイロプラクター達を乱造し続ける輩達だ。

某団体の年表に依ると、短期コースを提供する国内の主な業者達に学校協会の設立などを以って教育課程の充実などが促されたけれど、彼等が応じた形跡、もしくは結果が無い。更に、教育とは言っても個人会社が自由に「商売」する学校ゴッコに他ならない。

どのレベルの人達が教育に関わってきたのだろうか。個人的な話で恐縮だが、某カレッジのA校長に施術をお願いしたことがある。A校長が得意と言うガンステッド・テクニックではASexのダウンサイドはキック・プルのテクニックがテキスト通りだが、ダイビング・パンチみたいなことをされた。高度な技能を有するDC達が集う総本山マウント・ホーラブに筆者は幾度も行ったが、ダイビング・パンチみたいなことは全く見たことがなかったので、そのようなテクニックを誰から習ったのかと訊くと、某スクールのB先生だと満面の笑みで誇らしげに答えた。

基本的な生体力学的条件が満たされるなら、テクニックのバリエーションは許されるが、関節面と関節面を衝突させ合うような生理学的不合理はおおよそマトモなカイロプラクターならしない。A校長にホンモノのガンステッド・セミナー参加を幾度も勧めたが、無駄であった。B先生への敬愛は好きだが、セミナー参加し、自らの技能の評価検証がされれば、虎の威を借る狐の如く振舞う必要は無いのだ。

しかし、事実は更に奇妙なのだ。B先生のセミナーで勉強しているという治療家のC氏から相談を受けたことがあり、「B先生が『ASは無い』と仰るんです」とC氏は困惑していた。B先生と懇意なD氏に依ると「皆、左のPIexで、日本人にはダブルPIが多い」そうだ。

仙腸関節にASのサブラクセーションが無いのなら、米国のカイロプラクティック教育の基本に誤りがあることになるし、或いは日本人固有の現象があるなら、貴重な臨床的発見だろうが、科学的根拠が無ければ、単なる個人の意見に過ぎない。有りもしないテクニックに危険性は高くても有効性は低い。それをまことしやかに他人に教え、教えられたほうは疑問すら抱かず、有りもしないテクニックを治療と信じて患者に行うばかりか、学生達に教えて、学生達はその有りもしないテクニックをそれぞれの患者さん達に行う。このプロセスの根本的なエラーが、多くの被害者を作り出し続ける負の連鎖の原因だ。

特定の個人の「背に腹は変えられぬ」行動をとやかく非難するのではない。彼等の活動があったから現在の業界があるのかもしれないが、教育としてのエラーが永らく続いてきた結果、業界の粗悪な質的問題が解消されていない。厚労省通達と消費者庁要請を真摯に受けとめるべき現状の業界では全員が、何処の誰から習ったに関わらず、用語の定義や基礎概念を含めて、施術の安全性を一から全て見直す必要がある。

安全性改善は業界に属する各団体の指導者の責任感と自主性に委ねられている一方、DC達は、最高レベルの教育を受けた者として、自らが好むと好まざるに関わらず業界の指導者と見なされているので、相応に自主的な責任ある行動が期待されている。


カイロプラクティック法制化への道筋(113号掲載)

太平洋戦争敗戦後の日本は連合国軍占領統治下に置かれ、マッカーサー元帥の指揮でGHQが当時の自由で民主的な米国社会のコピーを日本に創り出そうとしていた。医療に於いても米国にて合法であった西洋医学を許可し、その他の医療は全て禁止しようとしたのだ。内務省が解体されて出来た厚生省も医師会も異論は無かったと言われている。

進駐軍の民主化施策は、「非科学的で医学的根拠がない」という理由から鍼灸を禁止しようとしたが、それを聞いた京都帝大教授の石川日出鶴丸医学博士は、進駐軍が接収していた大阪心斎橋筋の旧そごう百貨店ビルにGHQの医療政策担当官を自ら訪れ、鍼灸を未科学故に非科学的と結論することこそ非科学的と説き伏せたのは美談だ。全国の鍼灸師達が鍼灸存続運動を展開し、按摩師柔整師達も同様の活動を起こした結果、1947年、日本国憲法下に「あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法」(法律 217号)により現代のあはき法が制定されて、伝統医療が戦前の地位を回復した。

カイロプラクティックは1916年に川口三郎DCによって日本へ伝えられ、患者であった当時の神奈川県知事の助力もあって日本で最初のカイロプラクティック規制法の「神奈川県令(1929年)脊椎骨調整術(カイロプラクティック)営業取締規則」が施行されたが、GHQの施策で1947年に廃止された。他には東京都による警察への届出規則もあったが、同様に廃止された。これらは風俗法の様なものだったと言う皮肉な意見も聞くが、現在の無法状態よりはマシと思える。

戦後のカイロプラクティック法制化を賭して某大物政治家を擁した社団運動が起きたが、ミステリアスな噂だけ残った。20年ほどが過ぎ、1995年のカイロプラクティック百年祭に国内カイロプラクティック団体が多数集まり法制化の機運は高まった。百年祭の催しにあの一大政治家と言われる人物が出席したのを見たけれど、この団体グループによる法制化運動は財団問題で頓挫した。

百年祭の折、参加グループ代表の某DCに法制化に付いて尋ねると、「法制化なんかされたら商売の邪魔になる!」と苦々しく言って退けられた。法制化を目指し計画された百年祭と財団に、建前が法制化賛成でも本音は法制化反対の人が恐らく複数で関係したのだから、法制化が進む筈などはなかった。

財団問題に伴い、世界カイロプラクティック連合(WFC)の日本代表団体の交代劇があった。旧代表団体では財団が出来れば法制化が始まるシナリオだった様だが、緘口令とかを理由に全容が明示されなかったので、恐らく低次元の法制化が計画されていたのだろう。新代表団体は法制化をマニフェストに掲げたが、ほぼ四半世紀に渡る独自の努力の成果には未だ期待が要求され続けている。

手技としてのカイロプラクティックは療術団体の努力で法制化が進められている様だ。また一方で法制化を望む国内カイロプラクティック団体が協力し、厚生労働省と消費者庁の代表者達も参加して法制化推進準備会議が回を重ねていることは周知の事実だ。某団体の代表は世界カイロプラクティック連合に従い法制化を進める独自路線を歩むと主張し、別の団体代表は政治家を使って法制化を達成すると主張している。過去と現在の事実に照らし合わせて彼等の主張は実現性が低いと思えるし、業界が纏まるようにとの行政の要望に沿わない。既に消費者庁から危険性が指摘され、無資格手技療法として国民に危険なカイロプラクティックを行政と市民団体が仙台高裁判例に矛盾してまで許容し続けない。悠長に法制化の手段云々している間に禁止されてしまっても不思議はない状況だ。

解決策は、行政の指導に従い国内カイロプラクティック団体が纏まって法制化をするか、医業類似行為から除外されるかの二択なのだ。国民の健康と安全を視野に入れ、医療として法制化する為に、カイロプラクティック法制化準備会議が勝手に降って湧いた訳も無ければ、行政代表を混じえて永遠に継続される筈もない。次の段階は法制化会議と想定される故、全ての国内業界団体は、現実を冷静に判断して、規制無しに参加できる内に参加して、意向を明らかにするのが賢明だ。厚生労働省が法制化準備会議事務局にカイロプラクティックの科学的根拠の提出を求めている現状では、まともなカイロプラクティック業界団体ならば、公正公平を期して纏まり、協力することが最も重要だ。


消安全第187号(112号掲載)

カイロプラクティックの危険性が再び問題視されている。 施術に関する安全対策の要請が消費者庁消費者安全課から出された。平成29年5月26日付の「消安全第187号」がそれだ。法的資格制度が無い医業類似行為の手技による事故発生情報が、平成21年9月から平成29年3月までの7年半に1,483件も消費者庁に登録された。 頻度を単純計算して月当たり16.5件、毎週約4件の事故が日本のどこかで起きている。 平成21年度は半期で百件以上の被害報告が有り、平成24年度の271件をピークにして被害が減少する兆しが見られないので、消費者庁が安全対策を要請するのは当然だ。

それら1,483件の被害を治療期間で分類すると、1ヶ月以上を要するのが16%、3週間~1ヵ月が9%、1~2週間も9%と報告されている。 即ち、1週間以上の治療を要する被害が全体の3分の1以上を占め、その中で3週間以上の治療を要する被害は全体の4分の1もあるのだ。 被害者が1週間も就労できなければ、治療費と休業補償の民事訴訟が傷害罪の刑事訴訟に伴い得る。

その思考プロセスを助けるのが被害症状の内訳だ。 神経・脊髄の損傷がトップで20%、擦過傷・挫傷・打撲傷が16%、骨折は8%、筋・腱の損傷が7%、皮膚障害4.6%、脱臼・捻挫は2.6%と報告されている。骨折、脱臼、筋・腱の損傷は重篤だし、神経・脊髄の損傷は言うまでもなく後遺症の可能性も考えるべきだ。

1,483件の事故データに関わった手技療法の分類は、「整体」31.5%、「リラクゼーションマッサージ」16.9%、「カイロプラクティック」14.9%、「リンパ・オイル・アロママッサージ」6.0%、「骨盤・小顔矯正」4.9%、「リフレクソロジーなど足の施術」4.0%、「その他・不明」21.8%の順に並んでいる。

更に手技別に1ヵ月以上の治癒を要した重症事故の発生率が示されていて、重症事故の割合は「カイロプラクティック」20.4%、「整体」17.1%、「リンパ・オイル・アロママッサージ」15.6%、「リラクゼーションマッサージ」14.3%、「骨盤・小顔矯正」4.2%、「リフレクソロジーなど足の施術」3.4%、「その他・不明」22.8%だ。

よって事故発生率の1位は整体で、カイロプラクティックが3位だが、重症事故発生率の1位はカイロプラクティックで、2位の整体を抜いている。 国民にとってカイロプラクティックは事故のリスクが高いばかりか、事故が起きたら重症の危険性が高いということになる。 既に平成3年6月28日に厚生省(当時)が出したカイロプラクティックに関わる通達(医事第五十八号)に加えて今回は消費者庁から安全対策を要請されているのだ。

人体に無害ならば無資格医業類似行為を許容した仙台高裁判例をカイロプラクティックが傘にきることは叶わなくなる。 職業選択の自由を謳う憲法の解釈も変わってくる。 まして行政からの通達と要請に十分な対応を怠り、国民に対して危険な無資格施術行為を続ける者達に、職業選択の自由を誰も擁護などしないのは一般常識の範囲だ。

カイロプラクティック制度化準備会議の席で消費者庁の代表から、カイロプラクティックは経済産業省管轄のリラクゼーションに含まれたら良いと発言があったのだから、少なくとも消費者庁はカイロプラクティックが無資格医業類似行為から排除されるべきと考えているようだ。 リラクゼーションに移管されたら、医業類似行為の枠内に戻れる可能性は無に近い。 カイロプラクターとしてアジャストメントの手技で行う施術行為は禁止対象になり、日本国内に於いて本来のカイロプラクティックは崩壊する。 この事態を回避するには、まともな業者がまとまり、業界団体として行政との意思疎通を潤沢にする必要性は過去にも述べてきた通りだ。


ケイティ・メイ死亡事件②(111号掲載)

救急病院の処置とすれば、1日観察入院もあり得るが、異常が(見つから)ないから問題無しでバイバイだったのか、痛みが続くなら再診を勧められたのか、詳しくは全く判らない。 救急病院へ行ったと想定して、そこで異常無いと言われたのであろうケイティは、痛みの原因を神経圧迫と考えて、カイロプラクターを訪れた。

ケイティを受け入れたカイロプラクターは、転倒事故があったことを問診で聞いたはずだ。 仮にケイティが転倒事故直後に救急病院へ行っていたとすれば、それに付いても聞いたはずで、ケイティが感じた重篤性を共有し得た。 即ち、このカイロプラクターは、少なくとも転倒事故のメカニズムと急性期に於ける潜在的な危険は知り得たと思われるのだが、どの様な処置が為されたか、或いは為さなかったのか定かでない。 然し、頚椎のアジャストメントは行われたかも知れない。痛みが治まらぬケイティは再診でそのカイロプラクターを訪れようとしていたのだ。

さて、椎骨動脈?と注意深い読者は仰るだろう。 日本の業界関係者経由で見たL.A.郡検死官の報告書は、鈍力に依ってアトラス(第1頸椎)レベルで両側の椎骨動脈に内壁の損傷が起こり、損傷部に生じた血餅が引き起こした卒中を病理学的な直接の死因と断定している。 メディアが言う左頚動脈損傷の記載は筆者の記憶に無い。 更に、検死報告書はカイロプラクターの仕業とは一言も記載していない。

倹死官の報告書が出る前から、メディアの問いに答えた米国のカイロプラクティック業界人達は、臨床的死亡事故の統計的確率を述べ、因果関係の上で転倒事故が悪いとか、救急救命医の責任だとかを口にした。 カイロプラクティックに依る死亡事故確率は統計的事実であっても、それでは当該カイロプラクターの非を認めるばかりでなく、カイロプラクティックを危険と宣伝するに等しい。 責任転嫁に至っては、プロフェッショナルの発言としては相応しくない。

メディカルの死亡事故の場合、メディック達が、特定の手術に関わる臨床的死亡事故の統計的確率を述べたり、転倒事故が悪かったとか、カイロプラクターが悪かったなどを凡そ言わない。 メディック達ならば、先ず被害者の死を悔やみ、業界として直ちに該当する手術を自粛し、専門研究機関を介して手順を見直し、安全な手術を提供できるようにすると言うだろう。 だから、カイロプラクティック業界が組織医療より下に見られるのだ。

日本のDC逹数人に意見を訊いてみたら、メディアに答えた米国業界人と同様のことを述べている。 ここに大きな考え違いがある。 仮に厚生労働省の課長補佐とかがその様な発言を聞けば、そんなことを言うならアメリカへ戻ってカイロプラクティックをやってくれと言うだろう。この死亡事故は偶々、米国で起きたが、決定的な死因か否かは今後の検証に委ねるとしても、カイロプラクターの関わりが有ったことに疑問の影の余地も無い。 カイロプラクターにはアジャストすることが仕事だから、アジャストしなければならない気持ちに駆られることは理解できるが、もしもこのカイロプラクターが、ケイティにせめて整形外科にでも検査を勧めていたら、ケイティを救えたかもしれない。

米国業界はケイティの死亡を統計学的な扱いで終えようとしているが、それで良いのだろうか。 況して日本の業界人が、対岸の火事を見て評論家を装うのは大間違いも甚だしい。 総じて「高い、効かない、危ない」が相場と言われる日本のカイロプラクティック業界では死亡事故確率が米国と同じとは言えない筈であるし、ケイティの死因が転倒事故であれアジャストメントであれ、「玉石混淆」の日本業界で、カイロプラクティックの安全性を担保する指導者の立場を期待される者達は相応に考えて振る舞うことを学ぶ機会でなかろうか。


ケイティ・メイ死亡事件①(110号掲載)

昨年10月の国内某女性週刊誌の記事は、米国プレイボーイ誌モデルのケイティ・メイさんが指圧師の治療を受けた後、卒中で死亡したと報じた。 往年のハリウッド女優マリリン・モンローが大阪で浪越徳次郎氏の治療を受けたことはよく知られている一方、指圧が卒中につながるとも考えられず、少しでも情報を得ようとネット検索したら情報に溢れていた。

ケイティ・メイさんが死亡した経緯に関わったのは指圧師ではなくて、カイロプラクターだ。この場合もカイロプラクターが誤訳されて指圧師となったのであるが、知った振りをする者はカイロプラクティックと聞いて指圧の真似をして見せるのと同様に、日本国内に於けるカイロプラクティックの認知度の低さが現れている。ケイティ・メイ事件は大手ニュースメディアMSNBCが全米番組TODAYで取り上げたし、経済誌フォーブズ(FORBES)までが取り上げており、特に後者の電子版記事は事故自体よりも社会的側面に切り込んでいるので、良識有る業界人なら一読して欲しい。

現在、日本の国内報道では、ケイティ・メイさんが撮影の最中に首を捻ったとあるが、米国の報道(MSNBCニュース、FOXニュース)に依ると「撮影中に転倒して…」となっている。 勿論、筆者は知る限りの真実を伝えようとしているのであって、MSNBCやFOXのニュース報道内容に間違いは無いと信じている。 日本国内の報道では「転倒」の言葉が脱落し、これでは状況と経緯の描写に差異が生じて、真実を知る為に報道メディアに頼る業界人と一般国民に誤解を与える。故人のツイートは真実であるが、真実の一部分であり、それだけでは真実の全体像は判らないはずだ。 或いは、日本の国内報道はMSNBCやFOXが先行したニュースの報道内容が間違いと断言できるのだろうか?

調査も不十分なままで兎角センショーナリズムと市場原理に流され、読者数、視聴者数が多ければ真実の歪曲が許されるかの如くだ。馳け離れた例ではあるが、慰安婦問題の場合、国家の威厳と国民の自尊心だけでなく国益までも損なわせたのが一部の報道メディアの愚行であった。太平洋戦争後70年以上も法制化を果たせない微弱な業界を潰しても、国民にとっては失うところの方が多いのではなかろうか。

当初、筆者が得たネット情報に依ると、ケイティ・メイは仕事中の転倒事故で頭部を打ち、救急病院へ行ったが、そこで異常無しと言われてカイロプラクターの治療を受けたのだ。 改善が好ましからず、カイロプラクターの再診を予定しているうちに卒中が起きて救急病院へ行って、還らぬ人となった。 遺族となった娘さんは当該カイロプラクターを訴えないと報じられていた。 然し、最近は、遺族代表になった人物が訴訟を起こすと報じられ、米国内でも情報が錯綜し始めている様子で、実際にケイティ・メイが救急病院へ何度行き、カイロプラクターへ何度行ったのかが曖昧にされていると感じる。

MSNBCとFOXの報道には一貫性があり、撮影現場で転倒事故があったのは間違い無かろう。 転倒事故直後に救急病院へ行ったのかは、現時点で定かでない。 転倒事故から卒中が起きるまでの間に当該カイロプラクターへ行ったことは間違いない。卒中が起きてからCedarSinai救急病院へ行ったことも間違いない。

完全な真実が明らかにされる迄は、許される範囲での仮定法は仕方ない。 当初の報道通りに、転倒事故直後にケイティ・メイが救急病院へ行ったのが事実なら、これが第一の注目点だ。 転倒することは誰でも偶にあるし、状況に依っては頭を打つこともあり得るが、問題は程度だ。 米国人は簡単に病院行きを選ばない。 ケイティが救急病院へ行ったのならば、重篤性を感じて大事をとったのだ。 その救急病院で何が行われたのか、或いは行われなかったのか定かな情報は無いが、異常は見付からなかった様だ。

メディック達は、あからさまな骨折、脱臼、そして癌などの直ちに生命に危険を及ぼす病理を優先して捜すのが常だ。転倒事故直後にケイティ・メイが救急病院へ行ったと想定して、椎骨動脈の損傷が見付かっていなかっても不思議でないかもしれない。 異常は、見付からなかったら無いというものでもなく、タイミングがズレて見付かる場合もある。

次号へ続く…


施術被害増加の現実と先は?(108号掲載)

始まりの終焉か終焉の始まりなのか、最悪のシナリオは既に展開され始めているのかも知れない。カイロプラクティック施術で起きた事故件数の増加傾向を消費者庁が指摘している。国内業界の現状では、カイロプラクティックが補完医療と見做されず、例えばリラクゼーションと云った分野に組み入れられる可能性は存在する。カイロプラクティックを生業とすることに「これまで問題無かったのだから今後も問題無い」と極めて根拠に乏しい演繹論を実しやかに述べる者達は居るが、それでカイロプラクティックと多くの業界人が困らないで居られるのだろうか。問題の焦点は、生業と出来るか如何かでなく、教育や資質と安全性のレベルなのだ。

しかし、本当に「これまで問題無かった」のならば、平成三年厚生省から施術被害防止を意図した通達が出されることもなかっただろう。通達の甲斐も無く事故件数が増加している。全くの無作為ではなかったが、業界は、問題と真摯に直面したのか、寧ろ解決の努力が足りなかったか、解決策を誤ったか、恐らくは全く的外れのことを続けてきたからこそ、消費者被害増加を現実問題として行政から突き付けられているのだ。社会的責任を問われている事態に楽観的で良いとは思えない。

それにも関わらず、「否々、職業選択の自由が保障され、仙台高裁判決が…」と憲法学者でもない者から反論が返ってくるが、時代の流れで社会状況が変化していく中で憲法や高裁判例の解釈が未来永劫変わらない保証こそ無い。「今後も問題無い」なんて絶対に言えない筈だ。既に時代と社会は事業者擁護から消費者保護にシフトしているのが事実だ。非観血無投薬の医療としてのカイロプラクティックを諦めて、リラクゼーション業に甘んじるならば、国民も行政も否定はしないだろうが、勿論、施術事故が減らなければ、医療に格上げされる可能性は非常に低い。

日本では、年々、「カイロプラクター」を称する人達の資質低下が起きているから、施術被害が増加しているのだ。挙句の果ては、カイロプラクティックから勝手に派生して独自の変化を遂げた様な業者も居るみたいで、業界内の混乱が甚だしい。「カイロ」の名は出てもカイロプラクティックか何なのか定かでなければ、国民も困惑する。本来のカイロプラクティックはWHO世界保健機関が認知する医療だが、日本では名ばかりで、次元の違う、似て非なる「カイロプラクティック」が横行している。日本特有の「カイロプラクティック」は、本来のカイロプラクティックを勉強習得してきた者にとって迷惑極まりない。教育内容も資格認定も異なる世界基準に肩を並べようとする自主基準の人達の執念には敬服するが、その執念はカイロプラクティックを正しく学ぶ努力に向けるのが業界にも国民にも好ましい。

本来のカイロプラクティックを学びたいなら法制化された国で学ぶのが良い。外国語で基礎医学を学べば語学力も付く。カイロプラクティックを学ぼうと渡米し、英会話学校で挫折する者も居る現実を知れば、週末セミナーで簡単に習って安易に治療に携わることなど許されないのが解るだろう。厚生労働省が本来のカイロプラクティックを認め始めているからこそ、法制化に臨もうとして省庁代表者がカイロプラクティック法制化準備会議に参加している。そこに整体の文字は無い。業界が纏まることと教育レベル向上の必要性は既に述べてきた。心有るDCならば本来のカイロプラクティックを護る為に立ち上がるべきときだ。 


教育格差が引き起こす問題(107号掲載)

医療過誤の備えに組合や組織から情報を得て、自賠責保険に加入するべきと前号で伝えた。特定の組合や組織、或いは保険を薦める立場ではないから、その様な表現になってしまったが、保険内容と費用は大きく異なってくるので注意が必要だ。

例えば、自転車保険の盗難補償の場合、保険会社にとって採算が合わないほどの盗難件数が増加し、盗難補償の取り扱いを停止した複数の保険会社。これは、資本主義社会の原理であるだろう。カイロプラクティックもこれと同じように有資格者でも無資格者でも標榜する者達に依る事故が多くなれば、保険会社は保険料を上げるか、保険内容を減らすか、取り扱いを止めざるを得なくなる。簡単に言えば、本物ではないコピー商品には保証書が付かない。保険業者にすれば、国内で本物が0.1%以下では採算が合わない。ここで言う保険は、本来ならば医療事故の加害者が損害賠償として被害者へ払う負担金を助けるのが目的だが、一口に保険と言っても施設内での施術以外の保険であったりして、保険を餌にして組合員を募る組織も有るようなので注意が必要である。

カイロプラクティック発祥の地、米国で教育を終え、州免許を取得した正規のカイロプラクターですらアジャストメントを起因とする事故の統計的な数字が残されている。更には、施術者向けの保険や受療者がカイロプラクティック治療を受ける為の保険も存在する。

しかし、日本のカイロプラクティック業界では全く違う。玉石混交と言えば四文字熟語の響きは良いけれど、業界の評価は低く、カイロプラクティックと言えば、「高い、効かない、危ない」と国民は思っているのだ。カイロプラクティック治療の安全性に関して厚生労働省のホームページが受療者の自己責任を主張している事実を、業界人全員が重く受け止めるべきだ。国内カイロプラクティック業界の問題は教育格差があり、危険な業者が生産され続けるメカニズムが存在する。カイロプラクターの基準が定まっても、都合の良い拡大解釈で資格基準の幅を拡げている状態が助長されており、事故が増えて保険会社が退くのも当然のことであり、カイロプラクティックの認知度が上がる訳も無い。

国内業界の教育格差、或いは知識と技能の格差が解消される為には、日本国憲法と裁判例だけで支えられている国内業界の底上げが必要だ。それは安全教育を受ければ国際基準とかカイロプラクティック標準化コース(CSC)を受ければ国際容認基準といった話ではないはずだ。

ちなみに安全教育に関しては、某DC組織が業界底辺層の知識と技能の引き上げを目的とした教育活動に携わっていた。履修すれば国際基準として認めるといったわけでもなかったが、世界カイロプラクティック連合を巻き込んでの出来事だった。以来、現在も法制化は成就されず、禁止されるべき素人相手の短期教育も未だに野放しのままで、カイロプラクティックの安全性が問われている。

業界に法制化の強い動きが有った頃なら未だしも、そもそも法制化後の法的処置であるCSC(カイロプラクティック標準化コース)をコンヴァージョンプログラムと呼んで何人の履修者を出そうと、遅々として進まぬ法制化の前に行い続けることは「馬車の後に馬を繋ぐ」に等しく、道義的問題だ。CSC導入を持ち掛けてきた人物からCSCプログラムが如何に優れているかは聞いたが、日本に於ける法制化に関わる話は一度も無かった。 

日本国民が抱く安心と安全への希望は満たされねばならない。よって、国外の良いところは積極的に取り入れるところだが、国外の権威を以ってしても国内業界に抜本的な改善が今は何ら感じられない。話を保険に戻せば、最善の保険は施術者が常に医療事故発生の可能性を最小限に留める最大限の配慮と努力に集約される。その為には、医療家として患者の安全を第一に尊ぶ倫理観を持ち、危機意識を研ぎ澄まさねばならないし、国民が求める安全性の向上の為に業界全体が知識と技能のレベルアップに努めるべきだ。


カイロプラクティック短期コースの落とし穴(106号掲載)

カイロプラクティックに於いても事故が発生することがある。米国での統計では100万回のアジャストに1回の確率で事故が発生すると言われている。正規のDC教育課程の履修を終えて州開業免許試験に合格した者達が十分の危機管理の基に行う治療ですらもカイロプラクティックに起因する事故や医療過誤は皆無ではないのだ。

日本にはカイロプラクティックを生業とする人達が6万人も存在し、国内業界を構成する内訳は有資格者が4割と無資格者が6割と言われている。ここで言う有資格者とは、柔道整復師や鍼灸師などの国家資格を所持する手技療法者を指す。 国内に於ける事故、或いは医療過誤はどうであろうか? 示談で治まるケース、保険扱いになるケース、そして国民生活センターへ報告されるケースが有り、泣き寝入りのケースも有る。 

では、誰が事故を起こすのだろうか?単純に考えれば、無資格者=低知識低技能の方程式が成り立つだろうから、無資格者が多くの事故を起こしていると推測されるところだが、その推測とは逆に、某大手新聞の調査では、有資格者による事故件数が6割、無資格者による事故件数が4割となっている。有資格者グループが無資格者グループより1.5倍多くの事故を起こしているのが事実なのだ。

有資格者とは言っても、教育資質はどうなのだろう? 例えば、柔道整復師の教育課程にもかなりの差が有るのだ。 近年の規制緩和の結果、柔道整復師や鍼灸師の専門学校が増加し、生き残り策として、法が許す範囲の短時間で国家試験に合格する為だけの知識と技能を与えることで、潜在的需要に応える国家試験予備校の様な学校業者も存在する。

この場合、卒業生が国家試験に合格した国家資格所持者でも、柔道整復師として独立経営権を得ただけであって、国民の健康維持増進に必要な知識と技能は乏しいと感じざるを得ない。中には特定の骨折に対するギブスの仕方すら習ってないと言う有資格者が居ることに驚かされる。更には、柔道整復師や鍼灸師の専門学校が増加したことで必然的に有資格者人口も増加。今では整骨院・鍼灸院の数が喫茶店やコンビニよりも多く、競合業者への差別化として、カイロプラクティックのテクニックの週末セミナーに参加し、「ワン・コイン・カイロ」や「おまけカイロ」などを「売り」にする業者までもが増加し、それらに参加する有資格者が存在する。治療の質の低下や国民健康保険の誤用が疑わしい。 

現実に無資格者が携われるのでカイロプラクティックは簡単と考える人達は多いようだが、どの程度しっかりと基礎科学や基礎医学などを学んだかも判断できない人にカイロプラクティックのテクニックだけを教えたところで、まともなカイロプラクターが育つ可能性は低いと思われる。簡単に見えることこそ頻繁に熟練の技能の産物であり、短期に何かを習得するには相応の素地素養が要求される。

カイロプラクティックを試みた柔道整復師が、患者の腰椎横突起を骨折させたことで近年の話題に上がった。恐らく、基礎解剖学もコンタクトも押圧の加減すら考えず、形だけの真似事が行われたに違いない。患者の安全への配慮が欠落しているのは明らかだ。

勿論、柔道整復師や鍼灸師などの有資格者の業界や行政への非難ではなくて、受療者国民の安心と安全を図ろうとしていることは、賢明な読者なら直ぐに御理解頂けると思う。多少なりとも善後策に付いて述べたい。自信過剰や怖さ知らずからか、有資格者でも自賠責保険に入ってない人が多く、カイロプラクティック治療家の数は増加しているのに組合加入者と保険加入者の数は減少している。まずは医療過誤の備えを優先し、組合や組織に加入して少しでも正確な情報を得たほうが良い。

ページ上部へ戻る