ドクター・オブ・オステオパシック・メディスン

森田 博也DO、星野 優子、他



オステオパシーって何?(121号掲載)

NPO法人アトラス・オステオパシー学院 村井 香織

オステオパシーに多少なりとも触れたことのある先生方にお尋ねいたします。「オステオパシーを簡潔に説明できますか?」先生ご自身も、お伝えする相手にも腑に落ちるよう、尚且つ過不足なく、です。これは決して挑戦的な問いではありません。オステオパシーを学び、オステオパシーを主軸とする施術者であろうとするほど、悩まされる課題であり、それは先人たちも同じだったようです。

私がアトラス・オステオパシー学院で数年間担当させていただいた講義「オステオパシーの哲学と理論」で使用している文献は、大半は解釈の余地のない解剖学ベースの理論で成り立っています。ですがどの文献も共通して合間に著者自身や、A.T.スティルMDの独特の言葉が大切そうに綴られており、様々な角度や表現でオステオパシーの本質を教えようとしてくれます。学生が卒業する頃にはオステオパシー独特の思考回路はきちんと備わっています。内心、文献を読むことで刷り込み教育されているからではないかと疑いたくなるほどです。このように折に触れて語る形式をとっているということは、やはり「オステオパシーとは?」と、伝えることの難しさを彼らも実感していたのでしょう。

しかし反面、興味深いのはどの著者もこういった文言から「身体をとても信用している。」という事が明確に伺えるところです。

代表格として「それを見つけたら、それを治療し、そして放っておきなさい。」というA.T.スティルMDの言葉があります。見た目にわからないほどの関節や筋肉の機能変化を見つけて修正したら(=SDを治療したら)、あとは身体の方でみんな出来るから余計なことをするな、と語っているのです。

深刻な疾患や怪我などの例外はもちろんあります。しかしほとんどのケースでオステオパシーのアプローチの対象は症状のある部位でも患部でもありません。実際、森田博也DOや星野優子MDが、この連載で前述したような疾患に対するアプローチは、施術で疾患を治癒させるという手法ではありません。治癒する力は身体自体が持っているので、通常どおりにそれが働くようにする、ということなのです。

身体によって行われる無意識下の調整は、内部環境についてだけでなく体性系にも言えることです。前回、代償姿勢について少し触れましたが、現存するSDを解消した後は、身体が新しいバランスに対応していることが実際の姿勢評価で確認できます。

このように、一つテーマがあれば淀みなく語れるほど揺るぎないコンセプトを持っているのに「オステオパシー」となると説明が非常に難しいのがもどかしいところです。オステオパス=「身体を信用する人たち」と言われるように、身体について科学的根拠をベースにした思考を共有するという点で形を持つ方法もありかもしれませんね。


良い姿勢の思考 ~術者とクライアント~(120号掲載)

NPO法人アトラス・オステオパシー学院 村井 香織

腰痛、肩こりなどで来院されるクライアントからよく「良い姿勢をしているのが辛い」というご相談を頂戴します。健康と姿勢に深い関わりがあることや、体性系の不快感の中には姿勢に関連するものが多いことはメディアでも取り上げられており、一般の方にもかなり浸透しているようです。見聞きしたことをもとに試行錯誤される方もおられますが、意識しないとできないような姿勢を続けていると当然ながら疲労します。形だけ真似ていても様々な筋肉が効率的に協調した姿勢ではない場合、さらに疲労は増すでしょう。特に体性系の不快感を主訴とする場合、パーフェクトな姿勢に固執せず、疲労を感じる前に立位になり自然な姿勢を作りやすくし、少し体を動かすようアドバイスしておくと症状がぶり返しづらいようです。

姿勢分析はオステオパシー施術でも行いますが、クライアントの作る姿勢の良し悪しを論じるためにしているわけではありません。身体は関節SDなど、ある関節の機能が働きを満たさなくなった場合、その構造が関わる運動を全身の関節や筋肉によって代償します。振る舞いを変えたため変化した重心の上で、違和感なく活動ができるよう全身を使いバランスを調整していきます。この変化により現れた姿勢を代償姿勢といい、正常な体性系の反応としてオステオパスはとらえます。こうしたオステオパシーの観点からも静止時の姿勢を思考と力で修正するのは意味を成さないように思います。

代償は正常な反応であるものの通常要求されない機能や負荷を関節や筋肉に強いますので、長引けば支障をきたします。オステオパシーでは原因が不明瞭な肩こりや腰痛の多くがこのケースに含まれると考え、なるべく代償の少ない状態にすることを目標に施術をします。全身の体性系SDへのアプローチは繊細なベクトル操作を用いるため、術者によって受動的に誘導される必要があります。一方で能動運動の再教育のため、運動指導やクライアントの認識を変えていく必要性も感じます。日常動作の殆どは人が後天的に獲得したもので、全身の筋や関節が理想的に統合されたものとは限りません。関節や体幹部が安定しないまま日常を送ることは代償姿勢を維持していることと同様といえます。施術と運動そしてクライアントの日常動作が同一の領域であるという認識をクライアントとの共通項とする必要があると感じています。

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